平成 15年 秋の観音詣り説教1

ご祈祷について

御殿場市 蔵春山 宝持院 住職 桑原眉尊老師

 

  私が当山宝持院の住職桑原眉尊でございます。成願寺の檀信徒、講中のみなさま、今日はよくお出でくださいました。こころから歓迎を申しあげます。

 この機会に方丈さまからご祈祷について説教をして欲しいというお話がありました。わたくしは昨年大本山總持寺の副貫首選挙の候補者として立候補した折にも公約に掲げたほど、われわれの信仰生活には“お祈り”が大切なことであると信じています。

 みなさまの願い事を成就するためにお祈りすることをご祈祷といいます。つまりご利益をいただくためのお祈りです。日本人の大多数は新年に初詣にでかけます。その年の無病息災や家内安全、商売繁盛などをお祈りするわけです。その数ほぼ九千万人といいますから、いかに私たちがお祈りを大切にしているかがわかります。関東地方では成田山新勝寺、明治神宮、川崎大師などが有名ですし、曹洞宗では豊川稲荷、神奈川県の大雄山最乗寺、とげ抜き地蔵の巣鴨高岩寺などがあります。

 これらの有名なご祈祷寺以外でも、全国のお寺では新年には檀信徒のご多幸や世界平和を祈りご祈祷をします。あるいは星祭り法要をおつとめし、願い事を叶えるご祈祷をしたりします。そのときには『大般若経』というお経を転読します。大般若転読とは大般若経六百巻のお経本を大勢のお坊様がパラパラと繰り、そのときに起こるわずかな風に吹かれるとご利益をいただけます。またそのときの導師がお読みする『理趣分経』はとくに有り難いお経です。

 お釈迦様も道元禅師様も無欲を説いておられます。貪りのこころを捨てよ、と強く教えておられます。「貪瞋痴、つまり、貪り怒り愚痴のこころは三つの毒である。これを離れよ」ということを教えの根本としておられます。この三毒を離れるためには一切のしがらみを離れて出家し、厳しい修行に励まなければ難しいことです。

 しかし皆さんは出家者ではありません。それぞれ社会的な責任がお有りでしょう。ご家族にたいしてお仕事においておおくの責任を背負っておられるはずです。それらを放棄するわけにはいかないのです。そのために家内安全を祈り商売繁盛を神仏に祈願するのです。これはたいへんに尊い宗教的な行為であります。じつは宗教は祈りの要素に満ちているといっても、過言ではありません。祈るこころのない宗教はありません。

 ただ大切なことは清らかな気持ちで祈り願っていただきたいのです。なにかの恨みをはらすための願掛けであったり、ぎらぎらした欲望を満たすための祈りであってはなりません。願い事が成就すると、かならずだれかが幸せになる。そういう祈りであって欲しいものです。愛する人の病気平癒の祈願はその典型といってよいかもしれません。

 もう一つ大切なことに、ご祈祷の功徳に皆さんはこころの安らぎをいただくことがあります。悩み苦しみから逃れるために神仏を拝み救っていただくことです。このとき皆さんは神仏にすべてをおまかせするお気持ちになるでしょう。み仏を信じて身も心もすっかりお預けなさるでしょう。「お祈りしてもご利益なんか本当にあるのだろうか。まあ拝まないより少しはましか」、などといった気持ちではご利益はいただけないでしょう。身もこころもほとけのふところに投げ入れてしまわなければ、ご利益は授かりません。この気持ちを絶対帰依というのです。

 みなさんも親しんでおられる『観音経』というお経があります。そのなかに「この世に苦しむ衆生があるかぎり自分は成仏をしない」という観世音菩薩の大誓願を成就させるために、お釈迦様は観音様に神通力をあたえるシーンが描かれています。

 神通力とはどこまでも見透す力、どんな小さな音でも聞く力、どんな遠くへでも飛んで行く力など六つ有ります。この神通力はなにを意味するかといいますと、観音様は世界中のすべての人びとのすぐ側におられるということです。悩み苦しみから救ってあげるために、いつでもどこでも皆さんのお側に観音様は在します。ただ凡夫である身はそのことに気づきません。だから「苦しいとき、哀しいとき、観世音の御名をお唱えなさい。そうして救いを祈りなさい。そうすればたちどころに観音様は三十三に身を変じてあなたの前に現れ、苦難から救い出してくれるだろう」と説かれているのです。

 これが観世音菩薩のご功徳です。ほんとうは観音様はいつもともに在してお守りくださっています。いまここに私の説教を聞いておられる皆さんも、すでにご利益をいただいておられます。

 この観音経のお諭しでも分かりますように、ご祈祷は奇跡を願うものではありません。もともと恵まれて生きていることの有りがたさに、こころの底から気づかさせていただくことです。そうすれば揺るぎない安らかな精神がよみがえります。まさに癒しの世界です。

 これがご祈祷の真のご利益であります。  合掌