平成十九年 春の観音詣り説教

 

『観音さまのこころで生きる』

  川越観音 長徳寺住職  江田 昌弘

 

 みなさま、本日はようこそお詣りくださいました。少しお時間をいただきまして、お話をさしあげたいと思います。五年ほど前に早期退職をいたしましたが、私は31年間、私立の高等学校へ勤めておりました。英語を担当しながら、心理学にも興味がありまして、長いこと学校の相談室にかかわっておりました。現代は、こういう厳しい世の中でありますから、いろいろな問題をもった生徒が相談室にやってきます。その悩みは本当にさまざまで、家庭のこと、友達のこと、将来への不安など高校生にとって難しい問題にも向き合う必要がございました。

 しかし相談室での私は、もっぱら相手の話を聴くことに徹しました。これではだめだとか、ああしなくてはいけないとか、そういう受け答えはしない。ただひたすらに相手の話に耳を傾ける。

 私ども長徳寺は、川越観音の名で知られる聖観音さまをお守りしておりますが、観音さまは「音を観る」と書きます。みなさま方は観音さまの信者さまですからお詳しいと思いますが、声音のことですね。衆生の悩み苦しんでいるその声を観、聴いてくださるのが観音さま。「聴く」という字、これは耳へんに、右側は正しく観るとかまっすぐに観るという意味があります。相談室で私がもっとも気を付けていたのがこのことで、自分に余分な思いがあると、生徒の声は聴けないのです。これが非常に難しくて、ともすると自分の考えを押しつけそうになったり、その生徒と他の生徒を比べてしまいそうになる。でもこちらがまっすぐなこころで生徒の話を聴きますと、「先生、私の思いを聞いてくださって、こころが軽くなりました」。

 そう言ってくれる生徒さんに、私自身のこころも軽くしてもらっていたように思います。

 

 観音さまの気持ちで観る

 みなさまご存じのマザー・テレサ。この方はノーベル平和賞を受けられたカトリックの方ですが、日本へ来られた際の感想をこんなふうにおっしゃいました。

 世界には貧しい中、医療を受けることができずに亡くなっていく方が多くいるけれども、日本は孤独のうちに亡くなる方が多い。日本は経済的にたいへん発展し、医療も充実している。でも、寂しい思いをされている方が多い。そうおっしゃったんですね。

 あるとき、テレビで在宅介護の特集をしていました。寝たきりのお母さまの面倒をかいがいしくみている50代くらいの娘さんに「たいへんですね」と問いますと、「最初は地獄の思いでした。この母は主人のお母さんで、私は実の娘ではありません。病院に任せようと何度も思いました。でも、お母さんの面倒をみて、しわくちゃな手でどうもありがとうと拝まれると、こころが温かくなって、一緒にいて介護しようという思いが湧いてくるのです」とおっしゃった。

 日本は50年前までは、8割が在宅介護。家族が面倒を見るのが一般的でした。いまはその逆ですね。マザー・テレサの言われた言葉を思い返します。病気になったら、一番身近である家族に面倒を観てもらいたい。病気や死に対して不安なればこそ、その思いは強いと思うのです。でも現実にはそうはいかないことが多い。

 日本政府は、これからの10年間で4割を在宅介護に移行しようとしています。この計画に最初は喜びました。でも、約5千億円の医療費が浮くからという理由を聞いて、複雑な思いです。

 看護の「看」は、手に目という字です。「看」は千手観音さまのこと、千手千眼をお持ちでどんな病気も見逃さず一生懸命手当てをしてくださる。人間のする看護も、千手観音様のごとく、その人を思い尊重しお世話をさせていただく。たいへんなことです。たいへんなことですが、いま一度自分の大切な家族が孤独のなか、病とともに過ごしていないか、なにがたいせつなのか考え直す、そんな時期にきているような気がいたします。

 

 大きな声で長生きを

 みなさま方、長生きの秘訣は何でしょうか。平均寿命をみますと男性より女性のほうが元気だそうです。また男性は、奥さんに先立たれるとしょんぼりとして寿命が短くなるらしい。それに比べて女性のほうは、父ちゃんが亡くなるとえらく元気になって、寿命がどんどん伸びちゃう(笑)。

 女性はお化粧をしますね。そうしますと気持ちが華やかになる。それからおしゃべりが大好き。私はたまに喫茶店へ行きますが、圧倒的に多いのはご年配の奥さん方。隣の奥さんがああだとか、ペットのポチがどうしただとか、どうでもいいようなことをぺらぺら(笑)。あとみなさんカラオケがお好きですね。

 こうして華やかな気持ちでおしゃべりをしていますと、ガンをやっつけるNK細胞というのがうんと増えるんだそうです。カラオケもそう。要するに声を出すことがいい。そう考えますと、『観音経』を日頃からお唱えになられるみなさんは、自然と長生きの秘訣をされています。どうかこれからも日々おつとめいただき、元気にお過ごしください。今日は遠いところまでご参拝ありがとうございました。       合 掌