附属 中野たから幼稚園
 

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《 中野たから幼稚園の二体の仏像についてのお話 》
 園の正門近くに高さ約二メートルの大きな布袋尊像があり、ニコニコした大らかな姿で子どもたちを見守っています。
 もう一体は水飲み場にある童形薬師如来像です。
 布袋さまには子どもたちが幸せであるように、薬師如来には子どもたちが健やかに成長するようにという願いがこめられています。 薬師如来は左手に薬壺を持つ姿に示されているように、人々の病気を癒し、健康を授けてくださる仏様だといわれています。
 園の新園舎落慶の式典とともに開眼供養が厳修されました。意匠監修は滋賀県東円寺藤木道明師です。園児たちが健康であるように願って造られた尊像です。なぜなら、薬師如来は人々が幸福であるように願って十二項目の誓いを立てて修行し、仏になったとされるからです。


       
 

◆布袋和尚は弥勒菩薩の化身
 布袋和尚は中国唐代末に生まれた禅僧です。寂年は後梁代の916年とされますが、確かなことはわかりません。名は契此と自称し、長丁子と号しました。行く雲、流れる水のごとく各地を遍歴し、食物の施しを受ければ少し食べて残りを袋に入れておいたといい、その大きな袋にちなんで「布袋」と呼ばれます。ただし、この契此は布袋の初めで、宋代の僧了明など、四人が布袋和尚と伝えられています。
 いずれにせよ悠々と天衣無縫に生き、その生き方が一つの理想として語り伝えられるなかで布袋和尚と呼ばれるようになったものでしょう。中国では弥勒菩薩の化身とも言われました。
 弥勒菩薩は現在は兜率天という天上界にあり、五十六億七千万年後に出現して世の人すべてを救うという菩薩です。しかし、初代布袋の契此は、真実の弥勒菩薩には無数の化身があり、時々の人に姿を現わすけれども、人々は知らないという意味の辞世の偈を遺したと中国の古典に記されています。
  弥勒真弥勒 分身千百億
     (弥勒は真の弥勒にして分身千百億なり)
  時時示時人 時人自不識
     (時時に時人に示すも時人は自ら識らず)
 布袋和尚は弥勒菩薩の化身というほかにも、いろいろな伝説があります。たとえば、雨が降りそうだと塗れ草履をはいて走り、晴れそうだと木靴をはいているので、和尚の振る舞いを見ていれば天気が予知できたといいます。いつも18人の子どもを連れているという伝えもあり、天真爛漫な子どもの心をもった人物だったようです。そのあたりは江戸時代の曹洞宗の僧・良寛さんとも似ています。

◆幸せを招く布袋和尚
日本での布袋和尚は、七福神の一つとして知られています。七福神は恵比須・大黒といった福財招福の神を縁起のよい数とされる「七」にまとめたもので、室町時代に広まりました。京都で七福神の風流行列(仮装行列)が行なわれるなど、商工業が発達して豊かになった町衆の祭りともなり、七福神を装った盗賊に襲われた家では福神の来訪だといって歓待したという話も残っています。
 その七福神のなかで布袋和尚は単独に禅画の画題としても好まれました。大きなお腹をつきだして耳たぶもぷっくりしているのは、福相の典型です。
 民俗学では布袋和尚のふっくらした姿は丸い餅に由来するといい、福助人形なども同じ意味あいの縁起物だそうです。子どもたちに人気のドラえもんも丸くてふっくら。お腹のポケットから何でも取り出すのは、暮らしに必要なものは何でも入っていたという布袋和尚の袋に似ています。今の子どもたちに夢を与えている人気アニメのドラえもんは、布袋和尚の化身と言っていいのかもしれません。
 ところで、布袋和尚はいつも大笑いしているので「哄笑仏」とも呼ばれます。園の布袋尊像も、ほがらかに笑っています。見ると思わず心が和む表情ではありませんか。
 子育てが何かと難しいと言われる現在、この布袋和尚のように大らかであることが非常に大切です。ニコニコと明るく子どもに接すれば、育児ストレスに悩んでイライラするようなことはぐんと少なくなるでしょう。子どもたちも親や世の中を信頼して、それぞれに豊かな人生を歩むに違いありません。
 みんながそうであるように、布袋和尚は幼稚園の入口で見守っています。

◆薬師如来の十二の願い
 薬師如来は、はるか東方の青く透明な輝きの国(浄瑠璃世界)に在り、月と太陽を従える仏さまです。『薬師本願経』という経典には、次の十二の誓願をことごとく成就したことにより、そのように偉大な仏になれたのだと説かれています。
 第一は人々が皆、仏と同じく輝かしい姿になること。第二は人々が迷いの闇から解き放たれること。第三は人々の知恵が開かれること。そして、第七には全ての人々の病いを除くことという誓願があり、それによって薬師如来は病気を治してくださる仏さまとして信仰されてきたのです。だから私たちは、薬師如来に合掌礼拝して健康を願いつつ、実は如来の願いに包まれているということになります。

◆薬師如来と天地の守護尊
 薬師如来は日光・月光の両菩薩と十二神将を従えるとされ、仏像でもよく、そのように造られています。日光・月光両菩薩は、言うまでもなく月と太陽です。十二神将は前述の十二願を守護して体現するものとされますが、日本では干支の十二支にも当てはめられました。ということは、日・月をはじめ、時と方位の守護尊が皆、薬師如来に従っているということになります。
 といっても、そんなことは信じられないという人が、もしかしたら、今では園児の年頃の子どもにさえいるかもしれません。しかし、月や太陽の働きを単なる自然現象だといって、ありがたいと感じないようでは、その人の心はとても渇いています。薬師如来への信仰はたいへん古く、日本では太陽や月のような自然の恵みとして信仰されてきた歴史もあります。奈良時代にはもっとも尊重されたといっても過言ではありません。
 諸国の国分寺の御本尊は今もほとんど薬師如来であり、国分寺総本山として建てられて大仏(毘盧遮那仏)を安置した東大寺も、もとは薬師如来をまつるお寺でした。
 そして、薬師如来の多くは、山と海辺の自然の中にまつられました。たとえば諸宗の祖山ともいわれる比叡山の根本中堂、高野山金堂の御本尊はどちらも薬師如来です。その信仰は宗旨の違いを越えて日本人の心に受け継がれてきました。そのため、各地の古刹に「○○のお薬師さん」といって、無病息災の祈願や厄除けで親しまれているお寺が多いのです。

◆希望を育む童形薬師如来
 薬師如来像は右手の掌を前に向けていますが、普通は指を上に立てています。これは「施無畏(恐怖を取り除く)」という意味をもつ手の形(印)です。しかし、たから幼稚園の像は逆で、指を下に向けて います。これは「与願印」といい、人々に希望を与える印です。
 子ども姿の薬師像もたいへん珍しいものです。園児に親しみやすいというだけでなく、常に人々と共にあり、どんな時でも希望を失わないように見守ってくださるお姿です。

 

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